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泣きたい時は泣けばええねん

以前、この場でお話しましたけど

中には知らない方も居られるかと思いますので再度申し上げます。


わたしは幼い頃、親の勝手な都合で両親から離され

暫らくの間、おばあちゃんに育てられました。


時はすっかり寝静まった夜中に起こった。


まだ、幼かったせいか当時は何故?どうして?誰が?

そのような事態を招いたのか

物心が付くまでよくわからなかった。


寝ているわたしの手をひく母親に

言われるがまま素直に従っていると

パジャマ姿のまんま外へ連れ出されて

近所に住んでたおばあちゃんの家へと預けられた。


そのとき戸口でわたしの姿を見たおばあちゃんが

驚いて口にした言葉がいまだ深く印象に残っている。


「なんやのん!?こんな時間に!?…寒いから早よっ あがり!」


それからは朝ごはんの支度するときも

買い物に出掛けるときも

部屋の掃除をするときも、お風呂に入るのも

寝ても覚めても、ずーっとおばあちゃんと一緒だった。


だから色々教わったことも多くて。。。


ごはん粒を残すとバチが当たること。 

お米のとぎかたから、ぬか床の管理方法やら。

アカギレのときはアロエを塗りなさい。

ほうきを使うときは畳の目にそって掃きなさい。

家に上るときは履物を揃えてから。とか

夜に口笛吹くとヘビが出る。とか

蜘蛛は家を守る神さんやから見つけても殺生するな。 とか


それは、それは口煩いおばあちゃんやったから

もう、うんざりするほど沢山の事を聞かされました。


で、時が経ち、おばあちゃんは…

わがままなわたしを残して天国へと旅たった。


今では私もお父さんとなり

逆に子供達へ教える立場にたっているわけでして

あの頃、一緒に暮らした厳しいおばあちゃんから教わった経験が

今でも忘れず身に染み付いていたお陰で

こうして曲がりなりにも子供を育て

なんとか暮らせて来れたんだじゃないかと思います。

それらは自身が社会に出て生きていくうえで役に立つことも多くあり

ある意味、両親の離婚をきっかけに

いい経験ができて良かったかなぁ…と思っています。



おばあちゃん、ありがとう。


ほんまにありがとう。



でね、そんな過去があったので、あの『トイレの神様』を聴くとね

どうしても幼い頃の自分と照らし合わせてしまって

涙の引き金となってしまうのです。

傍で曲が流れてるとアカン、アカンで、、、泣いたらアカン

って心の中で思いつつも

次第にアツイものが込み上げてきて

中盤辺りで堪えきれず…ポロリ。終盤にさしかかると…ドドっと。。。

感情が抑えられなくなる。


ねえ? なるよね?? 笑


そんなわたしの姿を傍で見ている子供達は

ヤツ等のウンPを取る為に使うトイレットペーパーをそっと差し出し

ぷぷっ と今にも吹き出しそうな表情で笑いを堪えてくれる

とても優しい子供達なんです。 くそっ



では、ちと長いですが心に沁みるええ歌です。。。 

良かったらどうぞ






何故、涙が溢れるのか。。。 と、よく訊かれます。

多分。 子供の頃にこの様な曲を聴いても何も感じなかったと思う。

若い頃なら多少の関心はあるが感動までは結びつかないだろう。

歳と共に自分の体験が積み重なり

様々なモチーフと重なる事がだんだん増えてくる。

そしてそこにリアリティを感じたときに感情が揺れ動くんだと思う。

歳を重ねるにつれて涙腺が緩むのはまさにそれで

単に理性の衰えだけじゃなく

山のように増えてきた体験がそうさせるのでしょう。


不幸にも家族との関係に恵まれず

なかには共感する部分を全く見いだせない人もいるだろう。

そういう人を身近に知ると寂しくなります。




だから、これだけは言いたい。




涙は人を成長させ勇気付けるもの

決して、泣ける自分に酔っているわけではない。

素直に泣ける自分はこうして幸せな人生を歩んでいるんだと

今日もあたたかい風を肌で感じている。



テーマ:アメリカンコッカースパニエル - ジャンル:ペット

  1. 2011/02/17(木) 21:30:39|
  2. ターの独り言
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